結局,シリウスとスバルはもう一日,レーベ村の宿に泊まることにする。それは朝,露天風呂での会話の後,部屋に戻った時に決定したことだった。彼女,スバルがシリウスに提案したのである。「完全に回復するにはやはりもう一日くらいは泊まる方が良いです。それに,まだ旅の扉の封印解除の仕方もわからないんでしょう? 今日はその情報を集めましょう」と言ったのだ。シリウスとしても別に急ぐわけでもないし(何せ明確目標が無い)スバルの提案を素直に受け入れた。ちなみに料金に関して彼は疑問に思ったのだが,そこは彼女が提供してくれるそうなのでとりあえずはお世話になることにした。そういうわけで宿の店主にもう一泊するから今度こそシングル二つにしてくれ,とシリウスが言おうと思ったところ,宿代は自分持ちだということを彼女にふんだんに押され,スバルの意向通り同じ部屋,すなわちツインに泊まることとなった。
 宿の手配が朝のうちに終わったのでシリウスとスバルはゆっくりと朝食を味わって食べた。なんだかんだで昨日の夜は何も食べていなかったし(食べる間も惜しんで熟睡していた)またここ数日まともな物を食べていなかった。なので朝食はお互い,多少行儀が悪いと思いつつも朝にしてはたくさん採った。食べる時に食べる。戦いの基本だ。
「それでスバル,とりあえず具体的に知っている情報を公開し合おうよ」
 朝食が終わった後,まだ時刻も早く徐々に店が開きだした頃だろうという時間帯。効率が良い情報収集するなら,午後が最適だ。が,どうせやることも無いのでさっさと情報収集に表に出た二人である。
 お互い知っている情報は重複していることが多いだろうが,少しでも相違点があればそれについて議論し合える。
「そうですね」スバルが空を仰いで言う「私が知っていることはそう多くはありませんよ,シリウスの祖父から“レーベ村に封印を解く鍵がある”と言う事と,それが魔力に関係することということくらいです。後は旅の扉の場所くらいでしょうか」
「うーん,それは僕も知ってるなぁ」
「シリウスは何か知らないのですか?」
「僕もスバルと同じ。一字一句違わないよ」
「そうですか」
「でもまぁ,魔力に関係するって言うなら,ちょっとは希望があるよ。そういうことをしてる人,もしくは場所って限られてるし」
 魔力という表現は正確には正しくない。魔力とはすなわち精神力だ。むしろどれだけ頭を行使できるか,それにかかって来る。
 元々魔法と言う物は学術,学問の分野である。その分野は,まず大きく攻撃呪文,補助呪文の二種に分かれる。攻撃とは主に自分以外,敵に対してダメージを与える呪文で,補助呪文は逆に自分に対して利益を生み出したり,相手にダメージ以外の効果をもたらすのが補助呪文と定義されている。そしてそこから細分化されて多種多様の魔法がこの世界には存在しているが,共通するのはどの魔法も行使するには難解な数式,公式を覚えそれを頭に叩き込む必要がある,ということだ。
 攻撃呪文と補助呪文の分野はそれこそ天と地程内容が違っていて,それは理系の典型数学と,文型の典型国語くらい内容が違う。同じ呪文なのにここまで違うのはその効果から来るものであるが,そういうわけなので攻撃呪文なら攻撃呪文の専門家,補助呪文なら補助呪文の専門家という感じで完全に二分化されていて,二種類同時に学ぶことは簡単な呪文を除き殆ど不可能とされてきた。勿論,稀に両方理解する者も居て,そういう人は敬意をこめて“賢者”という称号を与えられて各国の大学で講師をしていたり国で優遇されていたりと何かと重宝されているのが現状だ。
 魔法を使う,ということは難解な数式公式,を頭の中で正確に記述し,己の精神力と共に放出する。それが魔法。そしてその魔法を口に出して実際に使用する。それが呪文というものだ。つまり呪文とは最後の安全装置みたいなもので口で実際に呪文を言わなければ魔法は使用出来ない。また,魔法の使用回数は精神力,即ち頭が疲れるまで使える。
「つまり魔力を感じる場所を探せば良いってことですね」
「うん,そういうわけだから,ちょっとスバルにも手伝って欲しいんだ」
 そこに魔力があれば,一度でも魔法を使ったことがある者は大抵何かしらの反応を感じることが出来る。これは一種の慣れみたいなもので,一度世界を理解したら周囲を見る目が変わるのに等しい。スバルはシリウスの祖父の下で何度も魔法を使ってきたし,シリウスもスバル程呪文は使えないが初歩の初歩くらいは扱える。そういうわけでお互いに魔力を感じあえる場所を探そうと言う訳だ。
「なるほど,判りました。で,どうします? 二手に分かれますか? それとも一緒に行動しますか?」
「そうだなぁ」シリウスは考える「効率が良いのは二手に分かれる,なんだろうけど,僕ら,まだそこまで魔法に敏感じゃないし,ここは二人で一緒に探した方が早いと思う」
「そうと決まれば早く行きましょうか。今日中に何とか鍵を探したいものですし」
「そうだね」
 そうしてまもなく,二人はレーベ村の中へと消えていった。



08 彼に訪れる新たな幕の先




「ここも久しぶりだな」
 バコタはようやくレーベ村に到着する。時刻は昼頃だ。途中で最初の予定に反して睡眠をとってしまったため(勿論野宿)随分と遅れを取ってしまった。が,バコタはそんなことを気にすることなく,レーベ村に入る。
 レーベ村は非常に活発な村だ。それは村というより町と表現してもいいくらいである。大通りには商店が並び人の流れが激しい。勿論アリアハン程ではないが,十分に活気付いていると表現してなんら問題は無いだろう。
「さって,あいつはどこに居るのかなっと」
 早速バコタはシリウス探しを開始する。いや,ここに正確に居るとは限らないが,可能性の問題で,ここに居る可能性が高い,という理屈だ。
 バコタはまず最も人通りが多い大通りを散策する。以前彼は,アリアハンで入手した骨董品を売りさばきに来たこともあって,それなりにこの村に詳しい。どこに何があるかということは全て熟知していた。それ故どう回れば最も効率良く散策できるかということも,考えたことは無いが簡単に計算できる。
「お,バコタじゃないか」
 突然彼の後方から声がかかる。誰だろうと思って彼が振り向くとそこには自分と同じ,厳つい男が立っていた。身長は自分より十センチ程高い長身で,なぜか上半身裸。だがその胸元はとても分厚く筋骨隆々だ。その胸を自慢するためのファッションだろう。裸をファッションと言うならば,だが。頭に髪の毛は全く無い。目は片方に切り傷があって,閉じられている。つぶされたのだろう。モンスターに襲われたか,それとも喧嘩したかで光を失ったのだ。
「よぉ,ギース。久しぶりだな」バコタは手を上げて挨拶する「何だ,お前また一段と筋肉がついたな」
「はっはっは,そりゃお前,体を鍛えるのが俺の仕事だからよ」
「どんな仕事だ,そりゃ」
 お互い笑いながら肩を叩き合う。男どおしの親交の印という奴である。
「聞いたぜ,お前アリアハンで失敗したんだってな」声を絞ってギースが言う。一応一目を気にしているようだ「お前が捕まるなんて始めてじゃねぇか。そんなに厳重警備だったのか?」
「いや,ありゃ完全に俺の失敗だった。ちょいとミスっちまってな……」
「ほぉ……ま,いいや,時間あんだろ? ちょっとやらねぇか?」
 ギースが自分の手を口元に持って行き,何かを飲むしぐさをする。酒を飲みあおうということだ。いつものバコタなら二つの返事で返しただろうが,今はそんなことをやっている暇は無い。
「すまん,ちょいと今,野暮用があってな。飲みは今度にしてくれ。今は情報が欲しい」
「おうおう,付き合いわりぃぞ」ギースが笑う「どんなのが欲しいんだ? お前の脱獄祝いにサービスしてやるぜ」
「相変わらず,話が早くて助かる。欲しいのは二つ。一つはいざないの洞窟にある旅の扉の封印の解き方。それともう一つはオルテガの息子がどこに居るか,だ」
 ギースが目を細める。その表情は非常に不釣合いだったが,それこそが彼の本性である。
「……なんでそんなことを聞くんだ?」
「目的は聞かないってのがお前のモットーじゃなかったか?」
「まぁ,そうだが……一つ目については良いだろう,教えてやる。が,二つ目については……」
「何かまずいのか? ただ俺はその息子が今どこに居るかを聞いただけだぜ?」
「いや,オルテガの息子と言えばシリウス・S・ロストのことだろう? 奴さん,今どういう状況に立たされているのか,知っているか?」
「いや,あんまり知らんが」
「アリアハンの兵士が秘密裏に奴を探している。それも必死にだ。だからなんでお前まで探してるのか気になってな。どうせならその理由を情報料にしても良い」
「おいおい,サービスするんじゃなかったのか?」
「そりゃ通常の三割引きってこった。全額サービスするなんて一言も言ってないぜ?」
「っち,お前のがめつさは相変わらずかよ」
「がめつく生きるのがこの商売で成功する秘訣なんでな」
「……まぁ良い。アイツが俺を脱獄させてくれたんだ。食料,そして脱獄用のツールまで持ってきてくれてな。それでその恩を返そうと思ってるだけだ」
「ほぉ……」ギースが驚いたように目をあける「お前が誰かの助けを得るなんて珍しいじゃねぇか」
「お前も一週間絶食してみろ。死の淵に立ったら誰でもやってきた助けにすがるぞ」
「まぁ,そりゃあ壮絶だわな」ギースが苦笑する「大体,恩を返すってのがえらい,お前らしいな」
「うるせぇ,言ったんだから早く情報よこせ」
「へぇへぇ,わかったからそんなに凄むな。いざないの洞窟にある旅の扉,封印を解くには魔法の玉が必要だ」
「そいつぁ,どこにあるんだ?」
「レーベ村の郊外にある家を訪ねてみろ。爺さんが持ってる」
「その魔法の玉ってのは,タダで貰えるもんなのか?」
「そこまでは知らん,自分で行ってみるんだな」
「判った。それで,シリウスの居場所は?」
「それは簡単だ。宿屋に宿泊してる。もうチェックアウトしただろうが,いってみる価値はあるだろうな」
「助かった。今度礼をするぜ」
「それなら早く仕事復帰しろ。待っている客は大勢いるんだ。とっとと盗賊家業に戻るんだな」
「わかったわかった。じゃあな」


 ギースと判れたバコタは一直線に宿屋に向かう。宿屋の店主に手がかりを持っていることだろう,それを聞けば良い。助かったことにバコタはアリアハンでは敵が多いが,レーベ村ではそれなりに顔が広い。盗賊というヤクザな仕事をしているが,彼の性格というか,金持ちな,大変よろしくない家しか狙わないところから,一般人からの好感度は高い。そういうわけなので宿屋の店主とも知り合いだった。これは好都合である。問題なのは魔法の玉の方だが,それは後で考えれば良い。
 頭に残しておかねばならないことはアリアハンの兵士がシリウスを捜索していること。どんな理由かは知らないが,余り良い事ではない。また自分も脱獄した身なのだから兵士には十分気をつけねばならないだろう。まぁ,情報の伝達スピードを考えればまだレーベ村の兵士は自分が脱獄したことは知らないだろうが。
 宿屋は大通りのほぼ真ん中辺りに建っている。先ほどギースと会った場所から徒歩で10分程度。そう離れていない。間もなくバコタは宿屋を目視するが,その周りの雰囲気に彼は神経を研ぎ澄ました。
(アリアハンの兵士? シリウスの足跡を追っていやがるのか?)
 宿屋の前にいるのは間違いなくアリアハンの兵士。バコタはあくまで自然に宿屋の前を通り過ぎる。兵士を目視してから下手に避けると怪しまれる可能性があるからだ。宿屋の前に兵士が二人。丁度中へ誰も入れさせないように立っている。今の時刻は大体12時ぐらい。昼飯を宿屋で採っているとは考えにくい。
(やはり目的はシリウスか)
 宿屋から二件程家が並び,そこで十字に道は分かれている。そこを左折して宿屋の後方へと回る。つまりは裏口だ。そこにはさすがに兵士は居ない。となると恐らく彼らはここにシリウスがいるとは考えてないようだ。もしそうならこちらの出口も固めているだろう。
 薄暗い路地を通りその裏口へ。裏口の扉は鍵がかかっていたが,そこはバコタである。労することなく鍵を開けるとそこからゆっくりと扉を開けて中へと入った。
(おーおー,盗賊っぽいじゃないか)
 中は調理室だった。何人かが,昼時の忙しさを体全体で表しながら働いている。その忙しさからバコタが入ってきたことに気がついた者は誰も居ない。これ幸いとバコタはまず,身を隠せる影に体を落とした。
 数日前までの記憶がよみがえる。感覚が研ぎ澄まされる。頭がクールになってこの空間で動いているもの,全てを感じることが出来る。下手な魔法など必要無い。彼にあるのは洗練された盗賊の血のみ。
 宿には何度かお世話になったことがある。だから間取りは全て頭に入っていた。どこに行くべきか。恐らく店主は別の兵士に尋問を受けていたりするだろうから,まずその会話を盗み聞くことが一番手っ取り早いかもしれない。シリウスが泊まったと思われる部屋の捜索は後でも良い。
(っと,それならまずは正面出口だな)
 簡単な事情聴取を受けているだけだろうと考えたバコタは正面へと回る。調理室から出れば人がいてもおかしくないため堂々と道を歩くことが出来る。廊下は相変わらず綺麗に掃除されていて,この宿屋のランクの高さが伺えた。勿論宿泊代もそう高くないために人気の宿といえば大人気だ。
「それで,昨日この宿に宿泊されたんですね」
「ええ……先ほど荷物をまとめて出て行かれましたが……」
 正面出口のカウンターに店主が見える。それと二人の兵士。廊下の影からバコタはその様子を観察した。
「昨日……そう,丁度日没前にそのような人を見ました」店主が言う「でも,兵士さんが言うように一人ではなく二人でしたよ」
「相手の様子をお教え願えませんか?」
 兵士は実に丁寧だ。先日まで自分に罵言雑言を言っていた兵士とは天と地程も丁寧さに差がある。まぁ当然と言えば当然だが。
「薄い水色をした,長い髪の毛。深紅の瞳で,とても綺麗な方でした。あ,女性ですよ」
 兵士が何か相談する。バコタもそのような人物を頭に描くが,適合する人物は自分の記憶の中には居ない。だが,少なくともシリウスと共に旅をしている女性がいる,ということだけを頭に入れた。
「どこに泊まれたか,教えてもらえませんか? ついでに部屋を見せてもらえると嬉しいのですが」
「あ,はい。それはいいですけど,もう掃除もしてしまったので見るところはないと思いますよ。兵士さんが欲しがるような情報もありませんでしたし」
「それでも,一応お願いします」
「ええ,判りました……はい。これが鍵です。私はここに居ないと駄目なので適当に見てください」
「ご協力感謝します」
 そう言って,兵士二人が部屋へと向かってくる。こっちに来るか,と冷や汗を掻いたがどうやら自分がいる場所とは反対の通路へと向かった。そちらは確かツインがある場所だったことを思い出し,本当にシリウスが誰かと共に行動していることを理解した。
「おい,ヘラルド」
「ん,なんだバコタじゃないか。どうした,そんなとこに隠れて」
 兵士が完全に見えなくなったのを確認してからバコタは宿屋の店主に話しかける。突然話しかけられて若干,宿屋の店主ヘラルドは驚いた。
「今の話,本当か?」
「何だ,盗み聞きかよ」笑いながら彼は言った「まぁいいけど。昨日シリウスってのが宿に泊まったのは本当だ。俺が相手したんだからな」
「時間が無いから手早く行くぞ。シリウスの相手,誰か知ってるか?」
「ん,ちょっと待て……」そう言ってヘラルドは引き出しからノートを取り出しめくる「ああ,スバルだ。は〜気が付かなかったな,あのお嬢さん,ウェルバルト家のご令嬢じゃないか。こりゃ大物だ」
 名前を聞いたとたんにバコタはああ,あの娘か,と姿を思い浮かべる。なるほど,先ほど店主が話していた姿に一致している。
「で,バコタ。何でそんなことを聞く?」
「その説明は後だ。とにかくこれ以上,あの兵士に情報を与えないで欲しい。礼なら後でするから」
「その心配はいらない。捜査令状も無い兵士に俺の宿に泊まった顧客のデータを渡す気なんざ,微塵もない」
「助かる。それと,その二人がどこに居るか,知ってるか?」
「それは知らんな。だが,今日も泊まることになってるぞ。既に予約入れたしな」
 そう言ってヘラルドは宿帳を見せる。バコタが見ると,なるほど今日の日付のチェックイン欄にシリウスとスバルの名が載っている。それもツインにだ。
「本当だ。これは兵士に言ったのか?」
「あほ,俺の話聞いてたか? 簡単に顧客データは渡さねぇよ」
「……俺ならいいのかよ」笑いながらバコタは尋ねる「まぁ感謝はしてるが」
「そら,お前のことは信頼してるからな。商売ってのは誰を信頼し,誰を敵と見なすか,冷静に判断せねばなりたたん」
 ヘラルドのいつもの口癖を聞いたバコタは,兵士の足音を聞いた。
「っと,戻ってきたようだな。じゃあなヘラルド非常に助かった」
「おうよ,まぁがんばんな」


「やっぱり僕らはまだまだ未熟なのかなぁ…」
 レーベ村を散策すること数時間。既に日は傾き始めている。彼らは未だに旅の扉の封印を解く手がかりとなるような痕跡を見つけられないでいた。そこで彼らは丁度レーベ村の中央,花壇のところで小休憩していた。
「しょうがないですよ,シリウス。そう簡単に見つかれば,封印なんてもうとっくの昔に解かれてます」
「そりゃあそうだけどさ」
 なるほど,確かにそれはそうだ。まだまだ下級呪文しか唱えられないような未熟者が二人揃っていようが,結局痕跡を感じるのは一人。個と個として機能している限り結局は同じだ。そして未熟者が簡単に見つけられるような場所にあるはずがないし,簡単に感じられたら,とっくの昔に封印は解除されているはずだ。
「ですが,困りましたね。これでは今日中に見つけることなど到底無理です」
 勿論,ただ歩いているだけではなく何人かに話を聞いてみたりはした。流石にアリアハンに流れているシリウスの噂というのはレーベには届いておらず(と言うよりアリアハンはシリウスの存在自体を無くそう,もしくはまだ旅立っていないと隠すようだ,とスバルの弁)その御蔭で旅人を装って,船で危険を冒してアリアハンを出るのではなくもっと安全な方法を探していると言えば村人達やその他旅人は簡単に話を聞いてくれた。
 だが,そのいずれも殆ど同じ返事。“いや,知らないな。俺もそれを探してるんだが……”とか“アリアハンに暮らせばいいんじゃない?”とか。少し有用だと思った情報でもせいぜい“この村のどっかに秘密があるらしいってことは聞いた”というのがせいぜいだ。大抵の旅人は殆どが危険を冒して船での旅だ。その船の本数も殆どない今,アリアハンは半鎖国状態と言ってもいい。別にアリアハンが望んで鎖国しているわけではないのだが,交通の弁が極めて悪いという状態が続き,また別に他国と交易するメリットが無いこの土地はその問題をそのままにしていた。
「うーん,船は嫌だしなぁ」
「シリウス,ですがこのまま見つからなければその方法も考えた方が良いですよ。本当にこの大陸,アリアハン大陸を脱出したいのならば」
「それは判ってるけどさ。ほら,船って転覆するじゃん。怖いじゃないか」
「……あのですね,100%転覆するとは限りませんよ。現にこうやって旅人がアリアハンにやってくるじゃないですか。勿論船で旅に出る人も居ます」
「でもモンスターによって転覆したって話,すっごく聞くのは気のせい?」
「そ,それは本当ですが……」
 なかなか話が進まない。平行線をたどり明快な解が導けないで居る状態。諦めるという文字は流石にまだ無いが,それでも手詰まりになりつつあるという状況は二人に焦りを見せていた。そこでシリウスは話題を変えた。
「で,スバル。話が変わるけどさ」
「何ですか?」
「兵士に見張られているの,気が付いている?」
「……え?」
 思わずスバルが辺りを見渡そうとする……のをシリウスがスバルの手を握り,必死に止めた。
「ああスバル,見回さないで。気付かれちゃうよ」
 本当ならシリウスの方から手を握られて,どきどきするスバルなのだが,今はそんなことを頭に入らなかった。
「それは確実ですか?」スバルが聞く「全然気が付きませんでしたが」
「うん。全部で四人,西と東で二人ずつ影に隠れてる。さっき四人で行動してたのを,僕らを発見してから二組のペアに分かれたみたい」
 そんなことまで見ていたのですか,とスバルは驚く。
「どうします? 逃げます?」
「……多分僕らを逮捕するつもりなんだと思う。だから逃げなきゃ。でも,すぐは駄目だよ。タイミングを見計らって一気に撒かないと」シリウスの頭が回転する。それは彼にとって得意分野だ「曲がりくねっている路地がいいかな」
「判りました。シリウスに従います」
「うう,本当は嫌なんだけどなぁ……」
 なんとも気合が入らない声であるが,スバルにはとても頼もしく思える。シリウスとスバルの両名が立つ。そして兵士が居ない北へと向かって彼ら二人は歩き出す。
「……兵士は動きましたか?」
「うん,両グループ共,僕らの後をつけてる……って,お粗末な追跡だなぁ」
 姿を隠さず固まって二人の後をつけている。姿もそのままでただ距離をとっているだけ。これで自分が付けられていると思わない人は居ないだろう。
「恐らく,シリウス,貴方の力を過小評価してるんですよ」スバルは楽しそうに言う「アリアハンの人には貴方の凄さがわからないですから」
「止めてよ」シリウスは拒絶する「僕はそんな力ないっ……て」
「どうしました……!!」
 流石のスバルでさえもう理解した。背後に感じる気配というものが。背後四人の兵士が自分達との距離を詰めてきたのだ。
「走って! スバル!」
 シリウスがスバルの手を握り,走り始める。彼の身体能力は相当なものでスバルの足では到底追いつけない。そこでシリウスが引っ張る形でスバルの補佐をする。
「待て!!」兵士の怒号がレーベ村に響く「そこの二人,待ちなさい!」
 先頭を走るシリウスは人ごみを上手く避けながら逃げるが難しい。どうしてもスピードが上がらない。スバルが居るのと同時に彼はスバルの荷物と自分の荷物を抱えていたからだ。
「スバル,もっと早く走れる!?」
「す,すいません……私……」
 彼女の能力を超えたスピードで走るシリウスに引っ張られる形で随分と辛そうだ。シリウスは考える。
(このままだと追いつかれる)
 シリウスは決断する。
「ごめん,スバル。ちょっとこれ持ってて」
「え?」
 突然シリウスから二人分の荷物を渡されて驚くスバル。同時に自分の体がふっと軽くなった。視界が回り映るのは上空。そして感じる風。
「シ,シリウス……ちょ……」
「一気に行くよ!」
 シリウスが加速する。人ごみは既にこの騒ぎを聞いて道を空けつつある。シリウスが直線を認識した。彼の両手にはスバルが。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
「ちょ,流石に恥ずかしいんですけど……」
「喋ってたら舌噛んじゃうよ!」
 自分の体がすごいスピードで運ばれる。今更ながらであるが,シリウスはこんなに足が速かったのかとスバルは思った。マリアの扱きによってそれなりの体力を持っていることは知っていたが,まさかこれほどとは思わなかったのだ。スバルの体重,二人分の荷物。それらを全て一身に受けて尚,シリウスのスピードは兵士四人を凌駕する。
「シリウス!! こっちだ!!」
 突然,前方から声が聞こえる。余りに大きな声だったのでスバルも,周りの人間も全てが彼の方を見る。勿論兵士もだ。
「早く!」
 シリウスはその人物を認識することは出来なかったが,助けだと思ってそれに従った。脇道に入って,逃げる。シリウスの先頭を助けの声の人が走る。脇道を右へ左へ。追っ手を撒くように何度も曲がる。と,数回曲がったところで前方の男がシリウスの隣へとスピードを落として来る。
「久しぶりだな,シリウスよぉ」
「……って,バコタさん!? 何でこんなところに!」
 相変わらずスピードを維持しながら,シリウスがバコタを認識する。
「俺の思ったとおり,お前なかなか体力あるじゃねぇか」バコタがスバルを見ながら言う「しかもこんな綺麗な人を抱えて逃げるたぁ,男のロマンじゃねぇか」
「いいから走らないとっ! 兵士から逃げなきゃ……」
「いや,もう大丈夫だ」
 と言ってバコタが足を止める。そこでようやくシリウスも後ろを振り返ってみると兵士の姿はどこにも無かった。辺りを慎重に見渡して,ようやくシリウスは息をついた。完全に兵士から逃げ切ったようだ。
「……はぁ,助かった……」
 冷静になってシリウスは辺りを見回す。二階建てくらいの家が所狭しと並んでいる。決して古い建物ではなくスラムと言うほどでもないが,潤沢に資金を持っている人が住んでいる印象は受けない。薄暗い路地で,女性が一人で歩くには若干危なっかしい。
「あ,あの……シリウス?」
 と,そこでようやくシリウスは自分の状態を確認した。両手にスバル。慌てて彼は彼女を下ろす。
「あ,あああ。ご,ごめん!」
「いえ……」
 お互いの顔が赤く染まる。うつむいてしまって何も話せなくなった。
「あーいいか? 二人共」
「そ,そうだった,バコタさん」今気が付いたように,これ幸いとシリウスが話す「何でこんなところにいるんですか? 牢屋から抜け出してきたんですよね。そういえばどうして僕達を助けてくれたんです? っていうか兵士にばれたらどうするんですか,また牢屋行きですよ?」
「あーあーちょっと待て。教えてやるから落ち着け馬鹿」面倒くさそうにバコタは頭を掻く「俺が抜け出したのは一つ,お前に会うためだって」
「僕……?」
「そうだ。あの牢獄から抜け出せたのはお前の御蔭だからな。その借りは返さないと気がすまないんだよ」
 シリウスは目をぱちくりとさせる。いきなりそういうことを言われたらそれもそうだろう。同じくスバルも彼と同じ顔をしている。
「そ,そうなんですか……」
「おうよ」
 何のためらいもなく頷くバコタ。その顔はとても晴れやかだ。
「えっと,そうだ。助けてくれてありがとうございました」思い出したようにシリウスが頭を下げる「兵士に捕まるところでした」
 シリウスが頭を下げたのを見て,慌ててスバルも頭を下げる。彼女にとってはバコタは初めてだったので何を喋っていいのか判らないといった感じだ。
「良いって良いって,言ったろ? 借りを返さないと気がすまねぇって」
「それでも,助かりました」
 そう言っても礼を言わないと気がすまないシリウス。その人柄にバコタは改めて好感が持てた。
「……ま,お礼を言われて嬉しくないこたぁないけどよ……で,だ」
 バコタが懐を漁る。そして紫色の丁度拳二つ分くらいの玉を取り出した。
「ほら,これ持っていきな」
「え,何ですか? これ」
 素直に受け取るシリウス。表面はざらざらしていてとても肌触りが良いとは言えない。重さはそう重くなく,せいぜい1kgくらい。密度としては結構ある方ではあるが。持って始めてシリウスは感じたが,これは魔力を持っている道具のようだ。
「お前,アリアハンを出るんだろ?」
「え!?」シリウスが驚く「どうしてそれを……」
「アリアハンから抜け出してきたんだろ? 周りから非難を受けるのが嫌で。あの町じゃ,ちょっとした有名話さ」
 シリウスの顔が暗くなる。同時にスバルの眉が少しだけ上がった。明らかに不快な態度だ。
「貴方……まさか……」
「おいおい,そう怒るな,スバルちゃんよ。何,俺はシリウスを責めるつもりなんざ,これっぽっちもねぇよ。これでもお前の立場をちゃんと理解してるつもりだぜ?」
 その言葉を聴いて若干スバルの態度が和らぐ,が臨戦態勢は崩していない。シリウスはそんなスバルに対して手を上げて,宥めるジェスチャアをした。それを見てスバルは一歩下がる。
「えっと……それで,これは?」
「いざないの洞窟,旅の扉の封印を解除する魔法の玉だ。使う使わないはお前に任せる」
 スバルとシリウスは驚いてその玉を見る。確かに魔力の篭ったアイテムである。
「どうして,これを?」
 シリウスは考える。バコタにこれを探しているなんて一言も言っていないからだ。
「ん? アリアハンを出たって聞いてな。もしかしたら,ここを出るつもりなんじゃないかって思ったんだよ」
 ドンピシャの答えだ。バコタの鋭さにシリウスは驚く。
「探してたんだろう?」
「え,あ……うん」
「なら,持ってけ」
「あ,あの……バコタさん」
「ん?」
「ありがとうございます」
 シリウスは今一度バコタに頭を下げた。先ほどと変わりが無い行動であるが,先ほどとは比べ物にならない程,それは丁寧だった。
「なぁに」バコタは笑う「言ったろ? 俺は借りを返しただけだって」
 そう言ってバコタはシリウスに背を向け,後ろ手を上げて挨拶をする。もうこれで話は終わりだと言わんばかりに。余りにそれは突然だったので,シリウスは彼の背中に声をかけた。
「バコタさん!」
「ん,まだ何かあったか?」
「教えて欲しいんですけど……これ,一体どこから入手したんですか?」
 バコタは一瞬だけ躊躇し,空を見上げて,そして答えた。
「盗賊らしく,盗んだ」
 そうして,彼は去っていった。そして今度こそ,シリウスはそれを止めなかった。


「……シリウス」
「何?」
「彼,あの大盗賊バコタですよね」
「うん。でもすっごく良い人だと思う」
「そうですね。私もそう思いました。今まで受けていた印象,噂とかけ離れた人でした」
 それはすなわち,不当にシリウスが受けていた非難と似ている。そして冷静な評価,周りの意見に惑わされていたスバルは自分自身を恥じた。
「とりあえず,これで目的は達成出来ましたね」
「うん」
「宿に戻りますか?」
「ううん,危険だけど,レーベ村には兵士がまだ居るから……日は沈みそうだけど,これからいざないの洞窟へ行こうと思う」
「私もその意見に賛成です。既に必要な物は揃ってますし」
 スバルは自分の袋と未だに持っていた彼の袋を叩いた。魔法の玉を捜索中に同時に可能な物を買い揃えていたのだ。シリウスは彼女が持っていた袋を受け取るとその中に魔法の玉を慎重に入れた。
「行こうか,スバル」
「ええ」








09 に続く








あとがき

 はい,どうも星立です。

 新しい名前二人(ギースとヘラルド)が出てきたのですが,最初こんな奴ら出す予定は全く無く,しゃーなしで出した,超適当キャラです。恐らく二度と出てこないだろうなぁ(ぇー)
 レーベ村と言えばあのイベント(岩を押したらビビられるアレ)を書きたかったんですけど,展開上出せなくなった(泣)
 後,レーベ村が妙に発展した。変なところでオリジナリティを出してもうて,今では反省している(笑)

 それでは次回 09 でお会いしましょう,ではでは〜